「失うものが無い人と、守るべきものがある人、本当はどっちが強いの?」

 

こないだテレビで、

 

「失うものが無い人と、守るべきものがある人、本当はどっちが強いの?」

 

というテーマをやってて、面白かった。

そういった問答は、好きなのだ。

 

番組では、ドラマやアニメで語られた例、精神世界のいろいろな専門家に伺った例、純粋に大人数にアンケートを取ってみた例、などが紹介された。

番組の結論はさておき。

 

このテーマを自分なりに考察してみた。

 

まずはやる気の分析。

 

失うものが無い人というのは、自分由来の、見栄や野望が目的であれば、やる気は長いあいだ継続しない気がする。

結局は自分の中だけの問題であれば、苦しくなった時、諦めればいいのだから。

 

対して、守るべきものがある人は、その守るべきものにもよるが、例えば地位や名誉ではなく、大切な人や家族のためであれば、相当なやる気が発揮されるし、継続もするだろう。

 

しかし失うものが無い側の目的が、「今まだ手にしていない(もしくは持っていたのに奪われた)何かのため」であれば、それをすでに手に入れて守っている人よりも、強いのかもしれない。

 

うーん、やる気の分析だけでは分からない。

次は発揮される能力について。

 

失うものが無い人は、おそらく自由な発想で手段を選べるという点で、強いと思う。

 

対して、守るべきものがある人は、それを失うかもしれない恐怖があるので、下手な手は打てない。つまり、能力が制限される。

 

ただ、守っているものの中に、そもそも能力が含まれる場合は、はじめから格差があるかもしれない。例えば国家vs革命家であれば、国家の方に軍事力のアドバンテージがあるという風に。

 

 

本当はどっちが強いの?とは、一つ目はやる気の要素と、二つ目は発揮される能力の違いが、重要だと思うが、他にはどんな大事な要素があるだろうか。

 

面白い。どちらとも決着がつかない。

これは答えを出すのが目的ではない。

きちんと考え続ける力。

暫定の答えをとりあえず出して思考を止めるのではなく、新しい視点や論点を見つけ続けることが大事。

 

あと、問答自体を否定する視点もいっぱいある。

「結局はその人による」とか、「比較の条件が曖昧なので問いとして成立しない」とか。

 

そういった第三の視点を数多く探るのも、また面白い。