「風流ねぇ」なんつって

5月の、本当に過ごしやすい気候の、今日は休日。爽やかな午前。

晴れていると思っていたのに、先ほど急に、パラパラと雨が降ってきました。

 

窓を開けてみると、外の湿度のむわっとした高さを感じ、初めて、室内の方が爽やかな空気だったんだなと気づく。

パラパラの雨が、ベランダのトタンの軒に当たってバラバラと音がする。

ああ、こんな雨も、なんかいいなぁ、美しいなぁ、と思う。

 

窓を閉めて部屋に戻り、室内の空気の方が気持ちいいのは、和室だからかな?とか考えたりしながら、やっぱり休日はいいなぁと、しみじみ思っていました。

平日は仕事に追われながら、「のんびりしたい!ぼんやりしたい!」という希望を持ちながら、「本来あるべき人間の心持ちとは」とか考え、こうやって静かに季節の移り変わりなどを感じることこそ、本来あるべきだよなあとか考えておりました。

 

しかし実際、休日になって、春の気まぐれの雨なんかを見ていると、ふと、疑問が浮かびました。

本来あるべきと言うが、こんな風に急な雨を、何も活動をしていない自分が、「風流ねぇ」なんつってのんびりしてる方が、ちょっとズレてるんじゃないか?と思えてきました。

例えばチャリで用事を済ませようと計画を立てていた主婦にとって、急な雨は「よりによって今?!」な雨であり、体育の授業中の女子にとっては「うーわ最悪!」な雨であり、それを見ている男子にとっては「いいぞもっと降れ!」だったりするわけで。

むしろそっちの方が、さっきの「本来あるべき人間の心持ちとは」に合っている気がしてきたのです。

普段いそがしく活動している時は、雨なんて降っていても止んでいても関係ないし、関係があるとしたら、雨は不運でしかないし、そんなせせこましく生きるのではなく、季節の雨に心を寄せて、何か深い気持ちになれるくらい、心のゆとりが欲しい!なんて思っていました。

 

本来あるべきというのは、休日とか、忙しいとか、多分それはどっちでもいいんですね。

心に余裕が欲しかった、多分そっちの方だけが、重要だったんだと思います。

 

 

さっきまで止んでいた雨が、また、パラパラと降ってきました。

アスファルトが、濡れたり、乾いたりを繰り返し、アスファルトから気化した雨の独特な匂いがして、それを初夏の匂いだと感じます。

 

風流ねぇ。

 

 

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雨、あめ (児童図書館・絵本の部屋)

雨、あめ (児童図書館・絵本の部屋)