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持っていた”幸せ”を自分で捨てていた。だめだ、拾おう。の巻

誰でもそうなのか、そうでもないのか。

 

とにかく、僕は自分がいま不幸な状態であると思っている時間が多く、とにかく、この不幸から脱却して幸せな状態になるにはどうしたらいいのかという事ばかり考えています。

お金がないとか、好きな人がいないとか、仕事に不満があるとか、多分そういった事が原因ではないのです。

まあ、お金もないし好きな人もいないし仕事にも不満はあるのですが。

 

ん。

幸せかどうかの考察はこの先のブログのネタになりそうなので、今は置いておきます。

置いときます。

 

そんな事より、今回は今日ふと思った事について。

 

いつも通り、不幸だー、不幸だー、と思案していて、ふと、そういえばこのブログのタイトルって今「kanenotoshi's blog」だなぁーと思いました。

不幸、つまり”幸せではない”と嘆きながら、ブログタイトルは「kanenotoshi's blog」。

kanenotoshiはTwitterでも使っているIDですが、名前の金野俊幸のカネノトシユキのユキを省略してローマ字にしたものです。

つまり無意識のうちというか、あまり深く考えずに「ゆき」「幸せ」を自分で自分の名前から省いていたのです。

すぐに、言葉や名前の一字一句は実はとても大切なものであるとか、言葉には言霊が宿るとか、そういった説を思い浮かべました。

そう、おそらく名前というのはその人のアイデンティティに大変な影響力を及ぼし、例えあだ名であってもその呼び名はその呼び名が馴染んでゆけば馴染んでゆくほどに本人の性質を左右し、しまいには決定づけてしまうという説。

うん。千と千尋の神隠しのハクも言ってたし、化物語の忍野せんせいも言ってたから間違いない!

やっべ。名前から「幸せ」省いたらあかんやん。せっかく親から戴いた大切な名前なのに。

 

と、いうわけで、ブログのタイトルを変える事にしました。

しかし、そこからが長い。

元来、僕はそういった事にめっちゃくちゃ時間がかかるタイプです。

新しいゲームとかを始めるたびに、主人公の名前とかめっちゃ悩みます。

しかも顔とか職業とか決められるタイプだと、丸一日くらい悩む事が出来ます。

スーパーファミコンの「ワールドネバーランド2」では2〜3日、主人公の顔を選んでましたし、スーパーファミコンの「FAINAL FANTASY VI」のメニュー画面の色合いとスキンも丸2日くらいいじくっていました。

まあ、”悩む事が出来る”というのは間違いで、”さっさと決める事が出来ない”というのが本当なのでしょうね。

実際、悩むのが面倒になってくると適当に決めてしまうのですから。

つまりTwitterの時も、なんとなくアルファベットの並びの格好良さというか納まりで「kanenotoshi」にしてしまったのですから。

 

さて、というわけでブログタイトルを変えたいのですが、やはりしっくりと来る名前が思いつきません。

これからは俊幸の幸をむしろ積極的に使っていきたいのですが、俊幸のままだとなんとなく野暮です。

「トシユキ」とすると、幸せの幸をカタカナに変えている事で幸福が逃げていきそうです。

アルファベットだと全速ダッシュで逃げていきそうです。

「とし幸」だと焼き鳥屋っぽいです。

このままだと、「〜金野俊幸の!幸せ☆は歩いてこない、だから歩いていくんだねBLOG〜(仮)」みたいなイタいタイトルになりかねません。

 

う〜ん。

ちなみに、親から戴いた大切な名前うんぬんのくだりがありましたが、僕の両親のしたの名前からそれぞれ2文字ずつとって「としゆき」になったそうです。

元の”ゆき”は”幸”の漢字ではありませんでしたが、いろいろ考えて、”幸”にしたのでしょう。

そして、その名前を付けた時の両親の年齢は、どちらも今の僕より年下です。

そうか、そんな若い2人が当時愛し合って結婚して、2人のあいだに生まれた子どもに、そうやって自分たちの名前から2字ずつとって、漢字を考えて名前を付けたんだなとか思うと、ちょっとなんだか込み上げてくるというか、情けないくらい「おえっおえっ」ってなって、いやいや感動してる場合じゃないが、そんな息子が34歳になって不幸だとかうんぬん言ってるなんて情けないとか、そんな事を思ったり、そんな事ばっかり考えてるから結局タイトルが決まらなかったり。

 

ていうか、ブログのタイトルって、このいろんな記事を読み物と捉えた場合の、そのタイトルだから、書き手の名前はべつに入れなくてもいいか、とか、今そんな感じです。

 

というわけで、今日明日はとりいそぎ、「金野俊幸の!以下省略(仮)」にします!

はやく決めます!

 

それではまた!