ロシア公演の印象記

 僕は一度だけ前職で、海外公演をしたことがあります。なんとロシア。日本の愛媛で作られた作品を、ロシアで公演するには大変な苦労がありましたが、行ってみると、意外とかなり楽しかったです。いや、当時は楽しいなんて一言では言い表せないくらい、たくさんの苦労や、文句や、疲労や、しかしながら部分的には楽しかった、みたいな感想だったと思います。が、今から振り返ると、やっぱり完全に楽しかった思い出になっています。僕の担当は大道具。帰ってきた後で、確かすごく良い文章を書いたなあと思っていたのですが、それが昨日たまたま見つかりました。読み返してみるとやっぱり良い文章で、6年前だけど、ものすごい窮地に追い込まれてた自分が、すごく良い心の状態で、すごく良い問題解決をしてたんだなあと思いましたので、今回はその文章を公開しつつ、ところどころに注釈を加えるような感じで書いていきます。以下、青字のアンダーラインが、当時の印象記。

 

「誓いのコイン」ロシア公演 印象記

 

1日目、モスクワの空港からホテルへ向かうバスの中、僕はずっと興奮しっぱなしでした。

まず、日本から遠く離れたモスクワという場所に、人が住んでいるという事は知識では知っていましたが、肉眼で確認した時に、一度感動しました。

飛行機というすごく速い乗り物でこんなに時間がかかるような遠い場所にも、当たり前のように人が文化を築いて生きているんだなと、知識ではなく、肌で感じれた事に感動でした。

そうして、いちいち、クルマや、バスや、建物や、看板の文字に、キャッキャ騒いでいました。

全ての文字が全く読めないので、何が書いてあるんだろうと色々かんがえました。

もしかして、まだ小さくて文字の読めない子どもが、何にでも興味を示して指差して珍しがる感覚って、こういう感覚なんだろうなあと、ふと思いました。

 

僕は海外に行く事自体が初めてだったので、行く前からいろんな不安がありました。

インターネットで調べると、スリの話や悪徳警官の話が載っていたので、治安の事も不安でした。

今回は全ての移動がバスか集団行動だったので、そういった被害には遭いませんでした。

 

 本当に初めての海外って、すごく不思議な、子どもが初めて地球に降り立ったみたいな、新鮮な感動があります。”知識では知ってたけど肉眼で確認した時に”っていう表現が意味が分からないかもしれませんが、もし仮に、日本という国しか地球に存在してなくて、でも闇の巨大組織が人々を洗脳して、外国というのが日本の海の外にあるのだよと、メディアから何から牛耳って騙していたとしたら、騙されてる側は気づかないわけで。いや、そこまで思ってなくても、実際に初めて肉眼で、ロシア人がロシア語で生活して、経済を回して、お店や道路や乗り物を作って暮らしてるっていうのを見たら、何を見てもめちゃめちゃ楽しいです。4歳児に戻れる。

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マールィ劇場に着いて、打ち合わせを済ませて、搬入、立て込みの作業に入ると、ロシア人の彼らはとてもいい動きをしてくれました。

通訳さんに訳してもらうことも多かったですが、手が足りない時や、簡単な指示はカタコト英語とジェスチャーで指示しました。

そうすると、彼らは僕たちが何を言いたいのかをちゃんと理解しようとしてくれて、簡単な指示なら分かるようになってくれました。

大道具の作業というものは常にやり直しや変更が多く、そこに臨機応変に対応していく必要があるのですが、その度に彼らは嫌な顔をせず、気持ちよく働いてくれました。

また、基本的な技術が高いので、こちらのやりたい事を見抜く力がありましたし、仕事も丁寧でした。

 

 カタコト英語というか、もう力技というか、例えば舞台の上に吊ってある黒い幕を日本語では”一文字幕(いちもんじまく)”って言いますが、それを吊り変えたくて、「ザッツ!ブラック、ビッグクロス!ザッツ!あれを、チェンジ!チェンジ!プリーズダウン!」って言ってましたからね。でもロシア人大道具さんはブラック!ビッグクロス!くらいの時点で、あぁ、はいはい了解、って顔してました。超優秀。

 

その日は深夜3時までの作業を終え、次の日は朝9時から作業を再開しました。

 

午前中で大道具はほとんど組み上がり、午後からは照明と平行作業になりました。

そんな中、大誤算が発覚したのです。

舞台の吊り物の操作が、電動のバトンと手動のバトンがあるのですが、どこかの段階で逆の認識になっていました。

本番中の転換で繊細な操作を要するバトンは全て手動に割り振っていたのですが、完全に逆に電動バトンに仕込んでしまっていたのです。

そこはもう、やり直しが効きません。

原因や、誤解の元を追求しても何の意味もないので、僕たちは限られた時間の中で、何とか現状で練習して上手くやるしかないと思いました。

本番での吊り物のアップダウンの命令系統は、まず各場ごとに僕のGOの指示があり、それをロシアの大道具技術チーフのロマンさんがトランシーバーで綱元のロシア人に伝え、綱元ロシアスタッフが操作をする、という段取りになっています。

ですので、手動と電動の入れ違いミスによって、操作が困難になるのは、ロシア人側の方々でした。

しかしロマンさんも、全力でサポートしてくれました。

おそらく彼は彼のプライドにかけて、何としてでもこの公演を成功させるために、部下とともに頑張ってくれていたようでした。

「誓いのコイン」は各場ごとに頻繁にかつ複雑に吊り物の操作があるのですが、僕は小さなホワイトボードを使って、出来るだけシンプルなサインで操作のGOを出していきました。

 

 逆境の中、後ろを振り返って文句を言ってる時間すらない中、常に前向きに問題解決に当たる私。えらい。ホワイトボードの指示というのは、ホワイトボードにロシア語で「まもなく次の転換」「スタンバイ」「ゴー」「次まで〇〇分くらいあるよ」の4つが書いてあり、それを指差してました。待機の時間を、例えば4分とかって教えてあげると、その時間でタバコ吸ってきて、きちんと戻ってきてくれるそうです。

 

モスクワの本公演は、細かなミスはあったものの、おおむね上手くいきました。

テクリハ、ゲネプロ、本番と回を重ねるごとに、ロシアスタッフの吊りもの操作がみるみる上達しました。

一方、お客さんの舞台への反応がとても強く伝わってきました。

日本とロシアが戦争をしていた時代の話を、しかもロシアが負けた時の話を、ロシアの現代のお客さんがどう受け取るか、はじめは不安でした。

しかし、国と国の事情なんかよりも圧倒的に物語の柱となっているのは、個人間のピュアな人間関係です。

そこにきちんと共感してくれて、あんなにたくさんの拍手や歓声を聞けて、本当に良かったです。

僕は今まで何作品も携わってきましたが、今回が一番「やった甲斐」を感じました。

今回の公演は国際的にも意味があったのかもしれません。

が、それよりも、この作品をわざわざ見に来て下さったお客さん一個人それぞれの心と、この公演に携わった役者、裏方、関係者全ての一個人それぞれの心に、本当に価値のあるメッセージが伝わった事が、大事な成果だと思います。

カーテンコールが終わって、僕たちは初めての達成感を味わいました。

ロマンさんは、なりふり構わず両手を上げて大喜びした後、綱元に向かって「スパシーバ!!」と大声で叫んでいました。

 

 スパシーバ!って叫ぶついでに、転換の資料をビリビリに細かく破いて放り投げて、紙吹雪にしていました(笑)大声出して騒いでも、お客さんの拍手の方が大きくて、気にならない感じでした。派手な喜び方は、日本人も見習った方がいいかもな、と思いました。日本なら、客席に聞こえないように小声で「お疲れ様でーす」って言って、今後使わないであろう資料であっても、一応ファイルして引き出しにしまいますもんね。

 

次の日は、モスクワを観光しました。

個人的にはトレチャコフ美術館がものすごく良かったです。

お金をだせば作品をカメラで撮っても良いというシステムは初めてでした。

生の宗教画は、まるで生の神様を見ているような感覚になりました。

 

 神様?の写真をどうぞ。

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次の日はオレンブルグまで移動しました。

飛行機から見える景色は遠くまでずっと山がなくて、延々と広がる畑と大地が綺麗でした。

到着してからホテルへ行くまでは、木々の紅葉がとても綺麗でした。

 

また、スタッフは夜に劇場入りして、搬入、立て込みをしました。

劇場につくと、その日までのお芝居のセットをバラしていました。

大道具さんは上半身裸で仕事をしていたので、少し面白かったです。

モスクワと同じように、オレンブルグのスタッフもとても良く働いてくれました。

僕たちもカタコト英語とジェスチャーの指示に慣れてきて、モスクワよりもスムーズに仕込めるようになってました。

その日はまた深夜3時ごろまでやって、次の日は朝9時からです。

 

昼頃にはおおかたセットが組み上がり、大道具は順調かと思われました。

が、しかし、またもや吊りもの操作の件で問題がたくさん浮かんできました。

一つ目にまず、吊り物の飾りのタッパ(高さ)の目印の付け方が違うせいで、こちらの1cm2cm単位の要求に向こうが着いて来れず、少し悪い雰囲気になってしまいました。

二つ目に、モスクワでやったようなトランシーバーの命令系統で操作をするというのを、普段やった事がないらしく、新しい方法を考える必要が出てきました。

三つ目に、綱元操作は僕が見た所、1階と3階ギャラリーのどちらでも操作出来る様でしたので、3階で操作して欲しかったのですが、劇場では3階での操作で本番をやった事がないので、1階でやりたいと要望がありました。

誓いのコインのセットが幅が大きいため、袖中の通行スペースがかなり狭くなっており、綱元のロシアスタッフが袖中にいると、役者の通行が困難になってしまうので、僕としては、どうしても3階でお願いしたいと思いました。

3つの問題に対する打開策を一生懸命考え、次の日の朝、オレンブルグの大道具技術チーフのアレックさんと、話し合いを持ちました。

まず、タッパ合わせの件でもし嫌な気持ちにさせてしまったとしたら、謝りますと伝えました。

そして、こちらとしては完璧な舞台を目指したいので、簡単な方法をいくつか提案して、あちらとしては初めての事を色々とさせてしまうかもしれないが、失敗を責めたりしないので、とにかくチャレンジして欲しい。

タッパの目印は、僕が個人的にやっている、分かりやすくて精度の出る目印の付け方があるので、試して欲しい。

トランシーバーは日本人が付けて、ロシアスタッフには肩をたたくなどのサインで分かりやすく指示を出す。

なので、出来れば本当に3階で操作をして欲しい。

始めから無理と思わず、こちらの提案したやり方を一度チャレンジしてみて、やっぱりダメという事になれば、そこで話し合って新しい方法を考えるという方向でいきたい。

そういった事を、アレックさんに話しました。

アレックさんは、全て了解してくれて、とにかく僕の提案した方法でやってみてくれる事になりました。

結果、色々な事がとてもスムーズに進み、問題は全て解消しました。

もし仮に僕が逆の立場で、自分たちの劇場に外国人を迎え入れて、初めてのやり方を本番当日の朝に提案されたら、とても恐ろしくて、やりたくないと思います。

しかし、アレックさん以下大道具スタッフは本当に努力してくれて、本番は大成功しました。

とてもうれしかったです。

 

そんな中、もう1人、地下の道具製作の工房で働いているおじちゃんとも、仲良くなりました。

モスクワとオレンブルグの劇場サイズの違いの都合で、セットの一部を小さく改造する作業があったのですが、それを僕も手伝って、彼と2人で半日ほど作業しました。

モノをつくる者同士なので、簡単な事はすぐに通じ合いました。

彼は暑いので上半身裸で作業していて、とても気さくで、とてもいい人でした。

俺はココをやっとくので、君はココを頼む、おお、仕事がはかどるなぁ、みたいな感じで、たまに工具の日本との違いの話や、いろんな世間話をしました。

複雑な内容は通訳さんを通してですが、簡単な内容は身振り手振りで、すぐに通じました。

彼との作業は、逆に疲れが吹き飛ぶような、心地よい時間でした。

 

 大道具のおっちゃんと私。体格差がすごい。このおっちゃんと、息子?の二人が手伝ってくれて、二人ともすごい力持ちでした。すごい重たいセットも一人で運んでくれて、こっちもマネして一人で運ぼうとしてフラフラしてると、「お前ちゃんと朝飯食ったんか」と言われたり。そういう問題ではない(笑)

 そして、やり方がチョー豪快です。「(線を引いて)ここからここは、いらないから切り落として欲しい」と要望を伝え、そういった時は日本ならば、カット部分の釘やビスを抜いてから、電動丸ノコでチュイーンと切るのですが、おっちゃんはいきなりチェーンソーを出してきて、セットを丸太に乗せて傾かせて、イッキにザクザク切っていきました。

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レンブルグの3回公演も、モスクワに負けず劣らず盛り上がり、本当に楽しかったし、達成感がありました。

撤収作業もスムーズに終わり、その後はレストランで楽しい祝賀会がありました。

ドカシェンコさんはじめ、この公演を応援して下さったみなさんが、政治的な意味だけでなく、本当に心から成功を喜んでいるんだなと、感じました。

 

次の日は早々にオレンブルグを離れ、モスクワでの観光もそこそこに、日本への飛行機に乗り込みました。

僕はロシアの素敵な一面ばかりを見てきたのかもしれませんが、ロシアがとても好きになったので、帰るのが少しさみしくなりました。

 

今回のツアーは、準備も含め、大変な苦労がありました。

最終的には上手くいきましたが、途中、公演自体が成り立たないんじゃないかというくらいの問題もいくつかあって、それを乗り越えました。

それは、誓いのコインメンバーのチームワークが、成功へ向けて一つの目標に全員で取り組んだ事、また、ロシア側の受け入れ体制の手厚さ、親切さ、そして、両国を結ぶ役目をしてくださった方々の大変な努力によって、上手くいったんだと思います。

そして、関係者やお客さんの心に、とても価値のある思い出ができたと思います。

 

ありがとうございました。

 

 

坊っちゃん劇場 金野 俊幸

 

 以上です。この印象記は日露青少年交流センターに提出するための物だったので、最後の方はそんな感じの文章になっています。

 長文を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。